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  • 執筆者の写真Aya Osugi

無意識に現れる日本のジェンダー問題

先日、世界経済フォーラム(WEF)からジェンダーギャップ指数2021が発表されましたが(Global Gender Gap Report 2021)、調査対象となった156か国のうち、日本は120位という結果でした。特に政治、経済の項目では世界最低レベルのスコアでしたが、女性の立場としては、日頃の体感通りと言える結果だったのではないでしょうか。




東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という発言をして問題になったニュースがありましたが、このような発言は、日本の社会では日常茶飯事のように繰り返されていることだと、改めて感じました。森前会長は辞任しましたが、謝罪会見での詳しい内容を見ても、やはり本心から男女は平等であると思っているとは到底感じられない内容で、非難されたから発言に関しては謝罪しますと言っているに過ぎず、“自分の考えが間違っていたこと”に関しては謝罪することもなく、むしろ気づいてさえもいないように見えます。少なくとも、あえて”女性がいる会議”と言うということは、会議に女性がいるということが当たり前ではないのでしょう。今回は“男女平等を謳うオリンピック“の開催国である組織委員会の会長であることから注目されたわけですが、現実の日本の社会でも、普段は誰にも批判されることがないであろう男性からの無意識の発言に対して、女性を下に見ていると感じることも多くあり、またそういう男性がそのことに気づいていないばかりか、女性側もそれが当たり前だと思っていることさえも多い状況です。


「一般職」「OL」「イクメン」・・・こういった言葉は日本語特有のものです。お茶を淹れるのは女性、カップを洗うのは女性、お土産を配るのは女性。女性は結婚するまでの腰掛で働くだけなのだから、そういう“女性の仕事”をそつなくこなし、いつか男性に養ってもらえるように、身だしなみは常に整えておくこと。スカート、パンプス、薄いストッキング、華美でない化粧をするのもさえマナー。・・・しかし、これらは私たち女性が好んでしているわけではありません。男性優位の社会で、男性が勝手に決めたルールに則り、当たり前のこととして女性が従わなければならないものなのです。これらひとつひとつの日本独特の習慣に加えて、毎日当然のように浴びせらせる、女性軽視の発言。例を挙げるときりがないのであえて書きませんが、私たち日本の女性はこういったことに慣れすぎているのかもしれません。


女性蔑視や女性差別に対する問題に関しては、国際的には、持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)において、ジェンダー平等を実現しようという項目が定められています。 また日本でも、内閣府の男女共同参画局にて様々な取り組みがなされています。


ジェンダーギャップの中で特に問題となっていたのが、政治経済の分野でした。日本では、政治に参加する女性やマネジメントに携わる女性を増やすと言いながらも、実際に行われていることは、単に参加する女性の人数を増やすだけに過ぎず、マインドの部分は何も変わっていないと感じます。


制度を整えていくことは必須です。しかし、そもそも男女差別というものが無い世の中なら、例えば“女性のためのマネジメント研修”という呼び方は“マネジメント研修”とされてしかるべきで、当然のように女性が参加し、誰もがそれを疑わない、というものになるはずです。心の中にある無意識の男女差別が無くなれば、今の日本で当たり前になっている差別的な習慣に対しても疑問がわいてくるのではないでしょうか。


グローバルコンサルティング合同会社では、ジェンダー平等の実現を目指しています。性別問わず、自分で自分の生き方を選べる社会の実現を目指した活動を行っている企業をサポートしています。

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